作文
      
 



 表現力を伸ばす

 私は、若いころ日本作文の会に入っていました。
「『悲しい』という言葉を使わないで、悲しいということを表現させ
る」
 先輩たちは、このようにいっていました。
 具体的にどう指導したらいいかが、わかりませんでした。
 2年ほど研究し、ようやく指導法を開発しました。
 それが、間接表現の指導です。

  間接表現

 「ぼくは、楽しかった」で終わってしまう子がいます。
 もっと書かせようとしても、なかなかうまくいきません。
 子どもの中では、完結しているからです。
 子どもの中では、「楽しかった」イメージがあるのです。
 ですかたら「楽しかった」と書けば相手に伝わると思っているので
す。
 自分が思っていることが、すぐ相手に伝わる
 子どもは、このように思っています。
 いえいえ、子どもだけではありません。
 大人の多くも、こう思っているかもしれません。

 
 自分が思っていることは、相手にすぐ伝わらない。
 

 このように、意識を変える必要があるでしょう。

 「ぼくは、家庭学習をがんばりました」
 これでは、他の人に伝わりません。
 読んだ人が「ああ、がんばったんだな」と思わなくては。
 このへんは、恋愛と同じです。
 「愛している」ではなく、「愛されている」
 相手の感情の問題なのです。
 ですから、表現を考えるということは相手のことを考えることにつ
ながります。
 相手にわかるように表現を考える
 これが、表現の本質の一つだと思っています。
 例えば、次のように書いたらどうでしょう。
 
  4時から家庭学習を始めました。途中みたいテレビがあったこ
 とも忘れていました。汗がぼたぼた落ちました。でも、氣になり
 ませんでした。
 ふと氣がつくと6時半でした。
 手を見ると、鉛筆の芯で真っ黒でした。


 「つくえの上をきれいにした」
 

  まず、机を1回ふきました。
 「今日も、勉強させてくれてありがとう。明日もよろしくね」 
 といいながらふきました。

 どうですか。


 「すごく軽い」という表現があります。
 これを間接表現になおします。
 30秒も経たないうちに、2人の子がやってきました。
 「とっても軽い」「うんと軽い」と書いてあります。
「残念、『軽い』という言葉を使っちゃったね」
「あっ、そうか」
 よくわからないという子を前に集め、ヒントを出します。
 「すごく軽い」ものをイメージさせたのです。
「すごーく軽いものって、例えばどんなものがある?」
「空気」
「なるほど、空気は軽いね」
 わざと大きな声でいいました。
 他の子に聴かせるためです。
 だれかがハードルを越えます。
 突破口が開かれると、次々に意見が出てきます。
 前に集まった子どもたちが口々にいいます。
 「髪の毛」「桜の花びら」「糸」「糸くず」「お米一粒」「はっぱ
」。
「今いった言葉を使って書いてごらん」
 「桜の花びら」といった子は、「桜の花びらのような重さだ」と書
きました。
「みんながいったように、何かものを考えるといいんですね。『すご
く軽いもの』を考えればいいんですね」

 次に進みます。
 「小指で持てるくらい」と板書しました。
「こういうのはどうですか。すごく軽いことがわかりますね。さあや
ってみましょう」
 3分後に発表させました。
 「片手で持てる」「赤ちゃんでも持てる」「どんな人でも持てる」
「だれでも持てる」などが出されました。
「もう一つやりましょう。『すごく重い』はどうなるでしょう」
 子どもたちは、次のようないい方を考えました。
 「おすもうさんでも持てない」「力持ちでも持てない」「二人でや
っと持てる」「三人いないと持てない」「全力を出しても動かない」
など。

 毎日、10〜15分間、間接表現の指導をすることにしました。

 あるとき、間接表現の授業(1年生)を公開しました。
 取り上げたのは、「雨が降る」と「風が吹く」です。
 やりたいものを選択させます。
 いよいよ、始まりです。
 子どもたちは、さっと取りかかります。
 かなり慣れてきたので、鉛筆が動かない子はいません。
 五分間で、一〜三ページ書きました。
 指名なし発言で、自由に発表させます。
 黒板がぎっしりうまりました。

 ◆「雨が降る」の例
  ・かんを置くと音がする。
  ・古い屋根の上で大きな音がする」
  ・「水たまりができる」
  ・「どろがべちゃべちゃになる」
  ・「おかあさんが、せんたくものを取り込んだ」
  ・「長ぐつをはく」

 ◆「風が吹く」の例
  ・木がゆれる。
  ・はっぱが落ちる。
  ・かみの毛がはげそうになる。
  ・木の葉がすごくとんでいる。
  ・てっちゃんがふきとばされる。

「この中で、一番強い風はどれかな」
 たくさん出て喜んでいた子どもたちが、さっと集中します。
 すぐに話し合いが始まります。
「じゃあ、雨の方で一番激しい雨はどれだろう」
 風にもいろいろある、雨にもいろいろあるということを感じてほし
かったのです。

 間接表現がよくわからないという子には、個別指導しました。
「『雨』から、思い浮かぶことをいってごらん」
 いわゆる連想ゲームです。
「雨が降るとどうなるかな?空は?地面は?」
「雨が降る前、空はどう変わるかな」
 降る前と後について書かせます。
 何を書いたらいいかヒントを出すのです。
「強い雨だったら?」
「ぱらぱらと降る雨だったら・?」
「天氣雨だったら?」
などと、聴くのも有効でした。

 間接表現の指導は、大きく二つにわけられます。

 ◆たくさん見つける
 一つは、たくさん見つけさせることです。
 数で勝負です。
 たくさん見つけることで、感覚が養われます。
 ある子は、「春になる」(間接表現の授業 5分間)で、12見つ
けました。
 (平均は、7〜8でした)。
 
 @おもてがあったかい。
 A冬がおわった。
 B梅の花がきれいにさいている。
 C梅の花びらがしずかに落ちていく。
 Dちょうちょがたくさんとんでいる。
 E花がたくさんさいている。
 F六年生が中学生になる。
 G新しい一年生が二年生になる。
 Hうぐいすの声がきこえてくる。
 Iおひなさまを出す。
 Jくまが冬みんからさめた。
 K池の氷がとけた。

 ◆イメージさせる
 もう一つは、イメージを書かせることです。
 「春になる」というイメージをふくらませていくのです。
 ある子は、「春になる」の授業で次のように書きました。

  野原にちょうちょがとんでいます。あたたかくなって、野原は
 花でいっぱい、ちょうもたくさんとんでいて、いい気持ちです。
 朝からいい天気です。さむくないので、半そででもいいくらいで
 す。たいようの光がまぶしいです。


 いろいろな題材で授業しました。
 例えば、次の題材です。
 「高い」「低い」「長い」「短い」「うれしい」「おもしろい」「楽しい」「悲しい」
「多い」「少ない」「大きい」「小さい」「きれい」「やさしい」「静か」「うるさい」
「正確にやる」「ていねいにやる」「大切にする」「好き」「嫌い」「くわしい」「晴れ」
「雨」「春になる」「夏になる」「秋になる」「冬になる」
などです。
 作文や日記を書くとき、発言するときに、間接表現を使わせました。
 
 最初の二週間は、毎日おこないます。
 続けると、「ああ、こうすればいいのか」ということがわかってきます。
 感覚的にわかるようになります。
 それ以後は、一週間に一回のペースでいいでしょう。
 三か月続けると、子どもたちの力は驚くほど伸びます。

  

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