意識改革 |
意識改革…発想を変えよう 指導ということがわかっていないと、失敗します。 ひどいときは、学級崩壊につながります。 子どもがよくならない…ほとんどの場合、教師に責任があると思います。 「そんなことはありません。私はがんばっています」 なるほど、その人から見ればがんばっているのかもしれません。 授業を見ると…それは空回りしていることが多いのです。 例えば、チャイム着席です。 「うちのクラスは、チャイム着席しない」 「2学期になるのに、まだできない」 と怒っている人がいます。 どのように指導しているのかを聴いてみました。 「『チャイムが鳴ったら席に着きなさい』って、何度も何度もいっています」 私は悲しくなりました。これが教育界の現状なのでしょう。 これでよくなったら、教師はいりません。これは指導ではありません。 まずは、教師がチャイムを守っているかどうかを確かめましょう。 多くの人は、終了のチャイムが鳴っても、授業を続けていませんか。 教師が守らないのに、子どもには守らせよう これは傲慢です。 いうことを聴かないのも当たり前ではないでしょうか。 教師の意識、これはかなりずれています。 まずは、自分の行動を振り返ってみましょう。 子どもには要求するのに、自分はやらない。 自分はやらなくていい と思っていることがいかに多いか… 自分の発想を変えない限り、何をやってもうまくいきません。 発想を変えませんか。 |
「うちのクラス、忘れ物が多いんです」 「専科の授業に行くとき、何も持っていかないんです」 という話を聴きました。 忘れ物で苦労しているようです。 「口が酸っぱくなるほど、忘れ物をしないようにっていっているのに…」 どこでもありそうな光景ですね。 これで忘れ物がなくなったら、教師はいりませんよ。 ただ口だけで指導しているだけです。忘れ物をさせないための工夫がありません。 これはプロの指導とはいえません。 読者のみなさんは、どんな工夫をしていますか。 えっ、私ですか? 私の場合、何もしていません。 忘れ物についてあれこれいうことはありません。 忘れ物は、バロメーターの一つだと思っています。 授業がおもしろくない、教師への反抗などが、忘れ物という形としてあらわれると考えています。 ですから、忘れ物をなくそうとやっきになるのは、本末転倒です。私の場合は。 忘れ物をする原因は、他にあるのです。直接そのものを指導しても直りません。 指導すべきは、他にあるのです。 まずは、教師の姿勢です。 ・持ってくるのが当たり前という傲慢さ。 ・いえばできるという安易な心。 この意識が変わらない限り、子どもを責めます。自分の指導不足を棚に上げます。子どもたちは、教師の傲慢さを敏感に察知します。そんな教師のいうこと を聴きたくないのです。 忘れ物は、教師の傲慢さを教えてくれるメッセージなのです。 意識を変えましょう。 授業がおもしろければ、忘れ物する子は少なくなります。努力すべきは、授業なのです。 |
意識改革…ちょっと一工夫 「あの子、あいさつしないんですよ」 という話をよく聴きます。 教師からあいさつすれば、子どもはあいさつするものですけど…。 中にはしない子もいるでしょう。 あいさつしない子を怒ってしまうのは、ちょっと待ちましょう。 あいさつしなかったのでしょうか。あいさつできなかったのでしょうか。 なぜしないのかを考える必要があると思います。わざと無視しているのか、氣がつかないのか、面倒くさいのかなどなど。よく見る必要があるでしょう。そをしないで、子どものせいにするのはいただけません。 自分のことを振り返ってみましょう。 あいさつされたのにあいさつできなかったことはありませんか。 私はけっこうありますよ。あっと、思ったとき相手は通り過ぎて…あいさつしそこなってしまうことがあります。 用意ができていないとき、反応が遅れるのです。 相手の用意ができるように声をかけてみるといいと思います。 まず、「○○君」と声をかけます。 相手がこちらを向きます。 目があったところで「おはようございます」という。 そうすると、ほとんどの場合「おはようございます」とあいさつがかえってくる。 これは、私の経験です。 ちょっと工夫するだけで、結果は大きく異なってきます。 料理と同じで一工夫を。 |