エッセイ風



 声が聴こえる

 こんにちは。ぼくはT、元氣いっぱいの6年生。
 ぼくは、掃除が大嫌いだった。
「いやだなー、めんどくせーなー」
 さぼってばかりいた。
 でも、今は違う。
 楽しいし、氣持ちがいい。
 自分でも不思議なくらい変わったと思う。
 その体験を、みんなに聴いてもらいたいんだ。


 ぼくのクラスは、みんなまじめに掃除する。
 先生がいてもいなくても。
 どうしてって?
 楽しいからさ。
 掃除の楽しさを教えてくれたのは、担任の先生だ。
 先生は掃除しなさいといわない。
 さぼっていても、叱らない。
 やらない子には、
「今日は、調子が悪いの?休んでいてね」
 告げ口する子には、
「○○くんは、体の調子が悪いのよ。私が代わりにやります」
 こんな調子なんだ。
「先生、掃除しない子をどうして叱らないの」
「だって、掃除の楽しさを知らないだけだもの」
 なんか調子が狂っちゃう。
 他の先生とまったく違うからね。
「私がやるわ」
 実に楽しそうだ。
 ぼくたちがゲームをやっているときみたいなんだ。
「今日も1日ありがとう」
 机を拭きながら、声をかけている…
「先生、話しかけたって机は応えないよ」
「ううん、私には声が聴こえるのよ」
(そんなこと、あるもんか)
 そのとき、ぼくは笑ったけど…

 先生は、毎日毎日ぼくの机をふいてくれた。
 落書きしても、すぐきれいになっている。
 ぴっかぴかだ。
 あるとき「あっ」と思ったんだ。
 6年生になって急に勉強ができるようになったのは…
 先生が、毎日ぼくの机を拭いてくれたからじゃないか…

 それ以来、ぼくはまじめに掃除するようになった。
 やっているうちに、だんだん楽しくなってきた。
 きれいになるって氣持ちいい。
 スカッとするんだ。
 これかな。先生のいってた楽しさって。
 あるとき、聴こえたんだ。
「ありがとう」っていう机の声が。


 ぼくの体験は、これでおしまい。
 
 

  氣持ちを届ける

 放課後、サッカーをしていたときのこと。
 ぼくは、お金を拾った。
「届けてこいよ」
「でも…」
「届けたくない理由でもあるのか?」
「うん」
 ぼくは語った。
 いやな思い出を。

 それは、2年前のことだった。
 お金を拾ったぼくは、職員室に届けにいったんだ。
「あのーっ、校庭でお金を拾ったんですけど」
 先生はお金を受け取ると、いった。
「職員室に入るときは、あいさつしなさい」
「失礼しますっていうんですよ」
 せっかく届けにいったのに…
 叱られるとは…
 やりきれない氣持ちになって職員室を出た。
 ぼくがどんなに傷ついたか。
 先生はわからないだろう。
 届けなきゃよかった。
「二度と持っていくものか」
 腹が立ってしかたがなかった。
 こんなことを話した。

「そうか…そんなことがあったのか」
「うん。でも届けないと…落とした人は、困まるだろうな…」
「今いるのは、S先生だから大丈夫だよ」
「…」
「いいからいってこいよ」
 友だちは、ウインクした。

 ぼくは、届けること決めた。
 職員室に入る。
 あっ、「失礼します」っていうのを忘れた。
「あのーっ」
「はい」
「校庭でお金を拾ったんですけど…」
 ぼくは、どきどきした。
「まあ、ありがとう。サッカーしていたのに、わざわざ持ってきてくれたの」
「どうもありがとう」
 心がパッと明るくなった。
 なんか照れる。
 挨拶がだめとか、礼儀がなっていないなんていわない。
 よけいなことは、いわないんだ。
 S先生は、ぼくの氣持ちがわかるみたいだ。
 子どもの氣持ちをよくわかってくれる先生だ。
「ありがとう」
という言葉が、心にしみた。
 先生の一言で、ぼくはうれしくなった。
 またやろうって氣になった。
 S先生、ありがとう。
 
  一言の違い

 私は、2人の子どもを持つ母親です。
 今日は、授業参観日。
 わが子が活躍する姿を見るのが楽しみでした。

 はじめに、上の子(3年生)の授業を見にいきました。
 国語の授業でした。
 話し合いをしていました。
 すごく声が小さい子がいました。
「聞こえません」
「聞こえないよー」
「もっと、大きな声でいってください」の大合唱。
 先生までが、
『大きな声でいいなさい。聞こえないでしょう』
という始末。
 その子の声は、ますます小さくなりました。
 自分が責められているような氣がして、教室を出ました。

 次に、下の子(1年生)の授業を見にいきました。
 国語の授業、物語の感想発表です。
 子どもたちが、自発的に発言していました。
 指されないのにどんどん発言するなんて!
 驚きました。
 うちの子が立ちました。
 声が小さい…。
 よく聴こえません…
 みんなに「聞こえませーん」といわれる…
「聞こえません」
「もっと大きな声でいってください」
 やっぱり…
 べそをかいています。
 ああ、さっきと同じ…
 ところが、次が違ったのです。
 担任のS先生がいいました。
『「聞こえませーん」っていわないで、Y子さんの近くにいって聴きましょう』
 先生がうちの子の隣にきてくれました。
 子どもたちも近くにきてくれました。
 肩に手をかけると、S先生はいいました。
『Y子さん、いってみて』
 うちの子が話し始めました。
 S先生、子どもたち、うなずきながら聴いてくれました。
「先生、今度はよく聴こえた」
「Y子さんが何をいっているかわかった」
「近くにいくと聴こえるんだね」
「近くにいけばいいんだね」
 うちの子はニコニコ。
 S先生も、子どもたちもニコニコ。
 心が温まるひとときでした。

 先生の一言で、こうも違うんですね。
 「聞く」と「聴く」の違い、わかりますか。

  本当の忘れ物 
 
 私は、子どもたちの忘れ物(特に、赤鉛筆)に四苦八苦していました。
 叱ったり、罰当番をやらせたり…いろいろやってみたのですが、いっ
こうに減りません。
 そこで、先輩のS先生に相談することにしました。
「うちのクラス、忘れ物が多いんです。口が酸っぱくなるほど、忘れ物
をしないようにいっているのに…」
S先生は、黙って私の話を聴いてくれました。
 話が一段落したときです。
「私は、氣にしないわ」
「氣にしないんですか?」
「ええ。あなたこそ、忘れ物をしているんですよ」
「えっ?」
「忘れ物ばかりに意識がいって、『授業で子どもを伸ばすこと』を忘れ
ていませんか」
「…」
「でも、忘れ物があると困るでしょう」
「赤鉛筆を、50本くらい買っておくんです。答え合わせの前に、忘れ
た人は、借りにおいで というんです。忘れた子には貸してあげればい
いんですよ」
「そんなことしたら、いつまでたっても持ってこないんじゃありませんか」
 S先生は笑いながらいいました。
「まあ、やってみて。少なくとも、教師はきりきりしなくなりますよ」
 忘れた子には、貸せばいい…私には、まったくない発想でした。
「これを、半年続けてごらんなさい。それでも持ってこない子には、赤
鉛筆をあげるんです。その子の名前をていねいに書いて」
「こんな感じでやっていくと、忘れ物する子は自然に少なくなっていき
ますよ」

 本当に忘れ物が少なくなるのでしょうか。子どもたちは、ますます持
ってこなくなるのではないでしょうか。
 半信半疑でしたが、やってみることにしました。
「先生、忘れ物したのに怒らないの?」
「貸してくれるの?」
 クラスの子どもたちは、驚きました。

 1か月たちました。
 驚くことに、忘れる子はほとんどいなくなりました。
「どうして、忘れなくなったの?」
「うーん、わかんない」
「貸してくれるって思うと、忘れないんだよなー」
 不思議なことに、あれだけ多かった忘れ物がなくなりました。

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